2006年04月22日

カンテツ・・・おばさんは今頑張ってる

 久々に・・・何年ぶりかで 完全徹夜しています。

 若い頃はしょっちゅう徹夜でしたが、いつの頃からか 2日目まで体にこたえるようになってきて、夜明けには どうしてもウトウトしてしまうようになっていました。

 一昨日の夜、とおるが、『振り返ると』と『ちょっとだけ』のドラム録音を行ったので、それにつきあい、帰って寝たのが1時過ぎ。
 昨日は6時20分に起きて、仕事に行き、仕事が終わって、夜6時30分にJR京都駅八条口で友だちと待ち合わせて、名神~中央道を信州へ走りました。 そして、朝の7時前には帰ってきました。 子供たちと朝食をとり、普段の土曜日が始まりました。

 信州諏訪・・・なにしに走ったかというと、僕と、一緒に行った友だちの二人を息子のように思ってくれているおばさんがいて、今、とても悪いので、「できれば来てやってほしい。それも、できるだけ早く。夜中でもかまわない。もうほとんど意識はないに近い」と家族に言われ、お見舞いに行ったのです。 いや・・・ただただ、おばさんを一目見るだけでいいと思っていました。

 夜11時過ぎに病院につきました。夜間窓口で、不審者扱いされました(笑)が、家族の方がナースステーションには、「夜中に来てくれる人がいるから」と伝えてくれていたので、なんとか通してもらえました。

 ほぼ、集中治療室のような、家族以外面会禁止の部屋で おばさんは、眠っていました。

 でも、家族の方に「声をかけてやって」と言われ、「おばさん・・・ぶうちんだよ。久しぶり・・・」と言うと、目を開けてくれて、しばらく信じられないような顔をしながら、両手をさしのべてくれました。
 その片手は僕が握りしめました。 おばさんの もう片手は、僕の頬をなでてくれました。

 いろんな思い出が ほんとに頭の中をかけめぐっていましたが、そういう話をすると涙が出るから、「このまえ、ダンス うまいこと踊ったらしいね」とか「そうだ、おばさん、僕、納豆が食べられるようになったよ」とか・・・ほんとに バカなくらい たわいないことしか言いませんでした。

 友だちは、毎年おばさんがおくってくれるトウモロコシのお礼や、味の話や、土産にもっていった、おばさんがかつて好きだった「おたべ」のことや・・・たくさん 話しかけてくれました。
 僕は 笑いながら 相づちをうっていました。

 病室を出た瞬間から がまんしていたものが がまんできなくなり、家族と 談話スペースのようなところへ行き 泣き合いました・・・。

 
 今・・・僕の年代は、ちょうど 親の世代が死んでいく年代になっています・・・。
 これは・・・順番だから・・・しかたないことではあります。
 順番が違うことの方が不孝ですしね・・・。

 でも、悲しいものは悲しいし、つらいものはつらいんだよね・・・



 

at 17:01│Comments(0)TrackBack(0) 信州 菅平で居候してた 

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